HOME > 私の生きがい Quality of life

私の生きがい Quality of life

作業療法士は、みんなのQOLを知りたい!

QOL(Quality Of Life)は人生の質、生活の質、生命の質と訳されます。生活、人生、生命をいきいき輝かせるためには、‘自分らしく生きる’ことが必要です。

しかし不運な事故や病気によって‘自分らしさ’を発揮できない方もいます。我々作業療法士は、そのような方々へ‘自分らしさ’をもう一度感じていただくための支援を行います。ですから作業療法士は、十人十色の‘自分らしさ’を発見、尊重することが大切なのです。

このページでは、エネルギッシュにQOLを輝かせている方を紹介しています。

あなたのQOLってなんですか?

最近の記事

町の幸せをつくる仕事。それが「福祉」 人の幸せをつくる職業。これが「作業療法士」 ケアプラネッツ 代表取締役 葉山靖明さん

略 歴
葉山 靖明氏

1965年福岡県豊前市に生まれる。20代に南米、中近東、アジアなどに長期滞在(計14カ国)。1996年、専門学校講師を務める。2006年、左脳内出血発症。2007年、株式会社「ケアプラネッツ」を設立し、代表取締役に就任。2008年「デイサービス けやき通り」開設。現在44歳。 



今回の主人公は、葉山靖明さんです。葉山さんは、脳内出血発症後に治療の一環として作業療法を受けられました。その過程で、作業療法に魅力を感じ、ご自分にとって有効な作業療法を探究し続けました。そしてその情熱は止まることを知らず、デイサービス けやき通りを開設されるに至りました。作業療法を受ける側から、作業療法を提供する側へと転身された葉山さんの生きがいお聞かせください。


40歳、突然・・・ 
私は福岡県の片田舎で生まれ、ギターと旅が趣味の専門学校講師。3人の子供と妻と私の一家5人暮らし。少し仕事が忙しかったが、平々凡々と楽しく暮らしていた。
 40歳の冬。突然のことであった。私は脳内出血という病気になり、一命は取り留めたものの、右半身に重度の麻痺が残った。右半身麻痺といっても現在、私は歩けるし、話せる。しかし、発病から人並みに仕事ができるまでに2年を要した。


“楽しいリハビリ”初体験!?
 “リハビリ=辛い”のイメージだった。しかし入院中の作業療法は楽しかった。楽しいというより、「喜び」だったのかもしれない。例えば、料理が好きな私に作業療法士は「一緒にパスタを作りましょう!」と言ってくれた。リハビリルームのキッチンでパスタ作り。病院の中で料理!?面白い体験だった。左手のみでフライパンを握り、左手で握った包丁を使い、左手で盛り付ける。「できた!美味い!」。不思議なことにこれが“リハビリ”であった。私の心の変化を少し詳しく書くと、


―藉・・・現状を把握するのが難しい。
 突然の病気であったせいか、何をどうしたら良いのか?わからない?・・・。現実とはそのようなものだ。徐々に状況が理解でき、自分の体の機能が落ちていることを直視する。そこに優しい作業療法士が話し相手になってくれ、励まされ、「大丈夫かも」という気持ちになる。


芽吹き始めた私の意欲・・・作業療法士の一言「一緒にパスタを作りましょう!!」
以前から好きだった料理。自分でやってみたいという感覚を久しぶりに実感。


7弉茵ΑΑΑ崕侏茲襪海函廚鮃佑┐
 料理を作るにしても、左半身中心。現在の体の動きでも料理ができるように、道具や調理手順をしっかり計画。「出来ないこと」を探すのではなく、「出来ること」を探す。作業療法とは素晴らしい。


つ翰・・・試行錯誤
 「思い通りいかない・・・、でもここは出来た!」「この道具は使いやすい!」「今度はこんな工夫をしよう!」などいつの間にか次なる展開(少し先の未来)も考えていた。


ッ成感そして希望
 作業療法士と一緒に“楽しく”食事。「美味い! ヨシ、イケルッ!」の感覚。病気の人間とは「可能性」を拾うようにして生きていく。この時もひとつの可能性を拾えた。


 不安なことや自信のないことができるようになる(enable)瞬間。これって、人間の中の細胞が活発になる時。パスタ作りは達成感を与える「心のリハビリ」だった。もちろん、私の体の機能に良い影響を与えたことは言うまでもない。こんなやり取りを“何気なく緻密に総監督”するのが作業療法士の凄いところ。いわば「縁の下の力持ち」。映画のヒロインみたいに「渋くて素知らぬ顔して、実はメチャクチャ優しくて、メチャクチャかっこいい!」のである。かくして私は作業療法ファンになった。



■作業療法ファンとして 

退院すると、町には作業療法が必要な人が大勢いることに気づいた。しかし、私は作業療法士ではなく、作業療法ファンである。ならば作業療法士とともに仕事をする福祉の会社を作ればよい。私がデイサービスの経営をしようと思ったのは「町の幸せを、人の幸せを“作業療法”で作りたかった」からである。
 ほとんどの人間は18歳の時、「幸せになりたい」と思う。しかし「人を幸せにしてあげたい!」そう思う大人になれるかが重要だ。私の場合、18歳から22年もかかり、「病気」に教えてもらったわけだ。



■人間ってすばらしい! 

かくして福祉は私の本業になり、福岡県宗像市で「デイサービスけやき通り」を営んでいる。作業療法によって高齢者・障害者の笑顔を見る。その方の笑顔によって、家族の方に笑顔が戻る。そして町に笑顔が戻ってくるのだ。これが、私が作業療法の実践者としてやるべき仕事である。人に幸せを感じてもらえれば、私の「Quality of Life 人生の質」は上がるのだと思う。作業療法は町に、そして私に笑顔を取り戻すものだ。
 「作業療法士」という職業を創った人間って、本当に素晴らしいと心からそう思う。

固定リンク | 2009年06月27日【4】

[1]    «    4  |  5  |  6  |  7  |  8  |  9  |  10    »    [10]

- 管理用 -

このページの先頭へ


コンテンツはここまで

© Miyazaki Occupational Therapists Association All rights reserved. 一般社団法人 宮崎県作業療法士会