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作業療法士ファイル

同じ作業療法士でも、作業療法士になろうと思ったきっかけや職業感、興味を持っていることは様々。作業療法士の生の声を感じてください。

最近の記事

作業療法士ファイル011 山本奈瑠実さん(出身高校:宮崎県立日南高等学校)

病気や怪我でリハビリをされる患者様の中には、「運転はできるのだろうか?」と不安になる患者様・ご家族様が少なくありません。
公共交通機関が不便な宮崎において、自動車運転ができなくなることは大変な問題です。仕事に行けなくなると生活に関わりますし、好きなところにいけないと色々なことを我慢しなくてはいけません。作業療法士はそのような方に対し、自動車運転の再開に向けた支援もおこなっています。
作業療法士は、はじめに体の動きが運転に影響ないかを判断します。乗車は可能か?ハンドルは回せるか?アクセルは踏めるか?それが難しければ、シート、ハンドル、アクセルなどの装備を改造する提案をしていきます。
また脳卒中という病気では、体の麻痺(マヒ)に加え、物事に集中できなかったり、気が配れなかったりといった「高次脳機能障害」という症状が出現することがあります。この「高次脳機能障害」は一見回りの人からも気付かれにくいのですが、運転の安全性に関わる重要な事です。ですので、作業療法士は注意力や判断力について検査をして、運転が可能かどうか慎重に判断しなければなりません。患者様の状態によっては、病院での検査に加えて、地域の自動車学校にお願いして、実際に自動車を運転して検査をおこなうこともあります。そこでは、自動車学校の教官とともに、私たち作業療法士も同乗して、安全に運転ができるかを検査していきます。検査結果は、本人にお伝えするとともに、病院の主治医に報告し、免許センターへの相談を勧めたり、必要であれば改造車や制度についても紹介します。そのような過程を経て、退院した患者様がご自分で運転されてどこかへ行ったよ、という話を聞くととても嬉しくなります。
病院の中でのリハビリだけでなく、退院した後患者様がどのような生活を送られるか、を考えての支援することも病院で働く作業療法士の大切な役割です。

固定リンク | 2011年05月08日【12】

作業療法士ファイル010 野田 亜沙美(出身高校:宮崎県立日南高等学校)

私の勤める病院は、病気や事故で身体が不自由になった方が主に入院されています。患者様の中には、今まで当たり前のように行ってきたこと(作業)ができなくなり、「何かしたい」というような意欲がなくなってしまう方もいます。作業療法では、患者様の日常生活上の作業に密着して、患者様が最大限の能力を発揮してできることを見つけ出し、意欲的に自分らしく生活を送れるようにお手伝いしています。

私が作業療法士を目指したきっかけは祖父母の影響です。私が物心ついた時には、祖父は言葉も話すことのできず、右手足の麻痺があり、車椅子生活を送っていました。祖父と話した記憶はなく、車椅子に乗り、縁側で日向ぼっこをしている印象しかありませんでした。日常生活には重い介助が必要で、自宅へ退院して約十数年もの長い間、祖母が介護を続けていました。そんな祖母が『おじいちゃんは一人で車椅子がこげるし、ご飯も食べるし、笑うようになったね』と嬉しそうに幼い私に話してくれました。その言葉を思い出すたびに、介助が必要でもリハビリを頑張りながら祖母と一緒に過ごせた十数年が、祖父にとって自分らしく生活できた時間だったと思っています。自分らしく生活することの大切さを祖父母が教えてくれたのだと思います。そして私は、祖父が一人で車椅子をこいだり、左手での食事ができるようになったのが、作業療法のおかげだった事を知り、いつの間にか作業療法士になることを決意していました。

私のパワーの源、それは患者様の笑顔です。患者様から『こんなことがしたい』というような希望を聞くと『よし、私(作業療法)の出番だ!』と思います。どんな些細なことでも患者様が自分でやりたいと思ってくれたことは見逃さず一緒に挑戦したいと思っています。どのような方法で実施したらよいか、またどんな道具があればもっと楽にできるのか、患者様と共に悩み、できるようになった時の患者様の笑顔は私のパワーの源です。

自分らしく日常を送る第一歩になるようにお手伝いができるのが作業療法です。また患者様と一緒にステップアップできる素晴らしい職業だと思います。これからも、患者様と共に歩んでいける作業療法士を目指して日々頑張っていきます。

固定リンク | 2011年05月08日【11】

作業療法士ファイル 009 潤和会記念病院 下り藤 実奈さん

患者様に笑顔が戻るように!
 私は潤和会記念病院で30名の作業療法士とともに、体が不自由になった患者様へリハビリ(作業療法)を実施しています。患者様は、身体が動かなくなることで、昨日まで出来ていた事が急にできなくなり、精神的にショックを受けています。私は作業療法を実施することで患者様に笑顔が戻るようにする事を心がけています。患者様に意欲や自信が戻り、残された機能を十分に発揮できるようになって、ご自宅に帰れるようになることが私たちの願いです。あの手この手を考えながら日々奮闘しております。


作業療法で印象に残っている事 以前、大腿骨(ふともも)の骨折をされた方を担当した時の事です。その方は骨折して入院した事にとてもショックを受け、「もう何もできない」と寝てばかりで、日常生活の事も介助する人に任せっきりになっていました。ご家族に話をきいたところ、その方は絵画や手芸などが趣味であったことが分かりました。
 まずはベッドから起きてもらいたいと思い、作業療法で「はり絵」を行うことを提案しました。初めは拒否されることもありましたが、毎日少しずつ作成し、10日間かけて花の絵を完成させました。部屋に飾ると、スタッフやご家族、同室の患者様から「きれいですね!すごい!!」などと称賛され、満足そうでした。すると、次第に笑顔や会話の量が増え、自分から「作業療法はまだなの?」と楽しみにしてもらえるようになりました。そして介助する人に任せっきりになっていた日常生活も自然とご自分で行われる
ようになり、体力もみるみる向上。元気にご自宅に退院されました。はり絵を完成させた達成感や周囲の人から称賛された事で、「何も出来ない」という気持ちから「私にもできる!」という自信に変化し、行動が変わっていったのだと思います。
 このように患者様の楽しみをつくる事で行動のきっかけを作るのも、作業療法士の仕事だと私は思っています。患者様と二人三脚でともに考え、悩み、泣き、笑い、感動しながら作業療法士として頑張っていきたいと思います。作業療法士は人の人生に触れ、共感できるすばらしい職業だと思っています。

ぜひ一度作業療法のすばらしさに触れてみて下さい。

固定リンク | 2011年01月08日【10】

作業療法士ファイル 008 若草病院 西久保 洋気さん

思春期病棟での関わりを通して
 当院には現在、20歳未満の患者さんを中心に受け入れている思春期病棟があります。 入院している方
の多くは適応障害でありますが、アスペルガー症候群、統合失調症、うつ病など、さまざまな方が入院し
ています。

 適応障害とは、自宅や学校などの、ある社会環境においてうまく適応できず、心身に様々な症状を呈する状態のことをよびます。 当院に入院しているそのような患者さんの多くは、対人関係をうまく構成することができず、他者に対して心を開いて接することが苦手であり、心を開ける相手に対し強い依存傾向を示す場合もあります。私が思春期病棟での作業療法に関わってそれを実感し、心と心のやりとりの重要性を感じた適応障害のケースについてご紹介します。

 A氏は、初めて作業療法士と関わりをもった時には、表情が硬く、目を合わようともしない状態でした。活動に参加意欲がなく、スタッフの促しの声かけに対しても、時には苦悶な表情をうかべることすらありました。 A氏は入院前、特定の人に依存し、学校など多くの人が集まる環境にストレスを感じており、入院後も特定の患者さんと常に行動を共にされ、それ以外の人と交流を拒絶している状況でした。 そこで、少しでもA氏とのコミュニケーションを図るために、A氏と関係の築けているスタッフと共にピアノやトランプをするなどの関わりを始めていきましたが、「うざい」「寄るな」などの暴言をいわれることもしばしばありました。 しかし、そのスタッフと3人でA氏の家庭の悩みを相談しあったところ、少しずつではありましたが私の話しを聞いてくれるようになり、最終的にはA氏から相談を持ちかけてくるなど一対一の関係ができていきました。 A氏は現在では、個人的に相談を持ちかけてくるなどの関係性が築けています。 関係を築くということは簡単ではありませんが、心のやりとりでお互いに信頼しあえることは、精神科で作業療法を行っていく魅力であると思います。

 思春期の青少年には、その年代にしかない家庭や学校の悩みなどがあります。 必要なときに親からの愛情を受けずに育ってきている方も入院されています。 そのようなケースの多くは非行にはしる、うつ状態になり自殺を図るなどの行動が見られます。 患者さんの抱えているストレスを軽減していき、非行などの行動に対して「教育」という観点からも治療を行っていくことが重要であると考えます。

 患者さんにとってなにが必要なのか日々悩む毎日ですが、一人でも多くの方が社会に出て自立していけるよう、医師や看護師との連携を図りながら取り組んでいます。

固定リンク | 2011年01月08日【9】

作業療法士ファイル.007 平田東九州病院 鋤田千穂さん

作業療法士ファイルNo.007
平田東九州病院 総合リハビリテーション部
作業療法科 鋤田 千穂さん

 私は、九州で二番目に面積の広い延岡市にある平田東九州病院で作業療法士をしています。平成21年4月から新築した病院で多くのスタッフとともに毎日働いています。
 延岡市は、城下町として栄えた史跡、海と山が調和したとても自然の豊かな地域です。日本夜景遺産に認定されている市の中心にある愛宕山からの市街地や日向灘は絶景です。

1.高校生の頃の夢

 小学生の頃から、私は看護師になりたいと日々将来の夢を抱いていました。高校生の夏休みの職業体験で1日看護体験をした時に、リハビリテーションと出会いました。最初はただなんとなく興味を持っていましたが、その後、作業療法士について調べていくうちに、小児のリハビリにも携われると知り、この仕事に就きたいと思い、リハビリテーション専門学校へ進学を決意しました。
 臨床実習ではそれまで学んできた作業療法の知識だけでは解決できないこと、考え方の不十分さから悩むこともありましたが、患者さんたちと触れ合い関わる中で作業療法の奥深さと広い視野を持って勉強していく大切さを学びました。


2.海外での作業療法、日本での作業療法

 今の病院で働く前に2年間青年海外協力隊員として開発途上国であるコスタリカの養護学校へ派遣されました。そこでは、リハビリテーションという言葉さえもまだ浸透していない状態でした。そんな中、周りの人々を巻き込みながら、作業療法を行い、子供たちが見せてくれる太陽のような笑顔が異国での生活を支えてくれました。
 また、学校の外に出て地域の方々へリハビリテーションを広めるため啓発活動を行ってきました。「言葉が通じなくてもこころが通じ合える」自分が「伝えたい!分かり合いたい!!」と思えば、その気持ちは相手に確実に伝わることを学びました。


 帰国してからは、現在の病院で、成人の方からお年寄り、お子さんまで多くの方々のリハビリに携わっています。毎日、患者さんたちが一生懸命リハビリに取り組んでいらっしゃる姿やご家族と話をしていく中で、その笑顔や言葉からたくさんの元気をもらっています。また、患者さんが身の回りの生活動作ができるようになった時、作業活動で作品を完成させた時の達成感は言葉では言い表せない感覚です。また、子供たちが楽しそうにリハビリに来て取り組んでくれる姿を見るたびに、セラピストとしての意欲をかきたてられます。だからこそ、私が作業療法士としてできることはなんだろうと日々悩みながら一杯のことを提供していけるように努力しています。
 作業療法ってなんだろうと思ったら、「百聞は一見に如かず」です。現場へ見に行き、生の声を聞いてください。新しい発見が待っていると思います。

固定リンク | 2009年11月28日【8】

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