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作業療法士ファイル

同じ作業療法士でも、作業療法士になろうと思ったきっかけや職業感、興味を持っていることは様々。作業療法士の生の声を感じてください。

最近の記事

作業療法士ファイル20 宮崎江南病院 柏田泰宏さん

私は、宮崎市にある宮崎江南病院に勤務し、内科病棟を担当させていただいています。私は元々、介護老人保健施設で介護福祉士として7年間勤務していました。私が5年目になる頃に、その時の上司が「俺はもう一度学校にいって勉強して作業療法士になるわ」といい職場を辞め、宮崎リハビリテーション学院に入学しました。私の心の中では、「また、勉強しようと思うなんて…自分には無理…」と他人事のように考えていましたが、話を聞きながら次第に興味を抱き、背中を押されながら2年後その上司の後を追うように私も同じ学校に入学しました。3年間の勉強は楽しいことばかりではなく、精神的にもつらい時期はありましたが、教員の先生方やクラスメイトにも支えられ、現在に至ることができました。介護福祉士時代の上司や家族、周りの人たちが本当に自分をバックアップしてくれて作業療法士になることができました。人のつながりの大切さを大きく感じることができた数年間だったことも事実です。患者様に作業療法を提供する中でも、数ある病院の中から当院に来られ、十数名いるセラピストの中から自分が担当させて頂く。「たまたま」と捉えずに、その患者様1人1人に真剣に向き合える作業療法士になれるよう、職場の先輩方に教わりながら精進していきたいと思います。

固定リンク | 2017年02月01日【21】

作業療法士ファイル19 鶴田病院 森 絵莉奈さん

「私は現在、西都市にある鶴田病院の回復期リハビリテーション病棟に勤務しています。医療や福祉の仕事に関心がなかった私が作業療法士を目指すきっかけとなったのは、家族からの薦めでした。元々「誰かの役にたつ仕事をしたい」という思いがあったのですが、漠然とした考えから進路で悩んでいたところ家族からリハビリの仕事があることを聞き、興味を抱きました。働き始め一年目です。学校生活の中では教科書や教員から基礎知識を学び、時には経験談を聞き、同じような毎日の繰り返しで楽しさを見つけられませんでした。今では、患者様や御家族、尊敬する先輩セラピストとの関わりの中で作業療法士の魅力を感じ、楽しさややりがいを見つけました。その人の生活の中で何が必要で何を求められて
いるのか患者様の声に耳を傾け、「生きがい」や「その人らしさ」を大切にし、患者様と向き合っていきたいと思います。経験も技術も未熟で上手くいかないことが多く頭を抱える毎日ですが、患者様からの「ありがとう」の一言や笑顔に触れることを力とし、私らしい作業療法を伝えていければ良いなと思っています。」

固定リンク | 2016年12月26日【20】

作業療法士ファイル18 平田東九州病院 甲斐 美奈子さん

私は、延岡市の平田東九州病院に勤務し、現在は回復期病棟に入院されている方とリハビリテーションを行っています。
中学時代の職場体験学習で作業療法と出会い、何に強く惹かれたかは自分でも分からないのですが、どうしてももっと作業療法の事が知りたくて、大阪の大学に進学しました。大阪か、地元宮崎か、就職先を悩みましたが、作業療法を知るきっかけをくれた宮崎で働きたい、宮崎でも作業療法がもっと身近になればいいなという最初の思いを大切にしたい、と地元で働くことを決めました。
 作業療法士として働き始めて1年目の私は、まだまだ不安なことも分からないことも多いですが、「どんなにささいなことでも質問する」と決めており、先輩セラピストや同期、たくさんの患者様にも支えてもらいながら、日々楽しく仕事をしています。私が考える作業療法の素敵な所は、セラピストからの発信だけでなく、患者様からも発信があるところです。患者様とお話をする時、私はよく「人生の先輩だなぁ」と感心してしまいます。私がリハ専門職として行いやすい動作や方法をお伝えできたとして、患者様からは長年励んだ農業や釣りを教えてもらったり生活の知恵を授けてもらったり、時には人生相談も…そうしてお互いに成長できる、役割ができる、そんな気がしています。それがおもしろくて、やめられないなぁと思います。作業療法士として技術や知識は未熟な私ですが、「まずは患者様の思いをしっかり聴くこと」をモットーにしています。患者様それぞれに生きてきた人生があってこれからの人生にも作業療法士は関わっていくのだな、と思うと、大きなやりがいとともに責任感を感じています。患者様とご家族の思いを受け止め、これからもたくさんの笑顔に出会えるよう、学びを深めていきたいです。

固定リンク | 2016年11月26日【19】

作業療法士ファイル17 梅田真成さん

私は、地元の日南市にある回復期病院に勤務しています。大学卒業後は地元で作業療法士がしたいという思いがあり、地元で働けることに誇りを持っています。
私が作業療法士を目指そうと思ったきっかけは、高校三年生の時です。人のためになる仕事がしたいと思っていましたが、進路が漠然としていて悩んでいました。母親から作業療法士という職業があることを聞き、作業療法士について調べると籐細工やペーパークラフトなど患者様と一緒に物を作る作業活動も行うことを知りました。物を作るのが好きな私にとって合っている職業だと思い、作業療法士養成校に進学することを決意しました。卒業するまでの四年間、「自分は作業療法士としてやっていけるだろうか」「自分に向いているのだろうか」と考えたことがあります。しかし、今は患者様の笑顔を見たり、訓練を行う中で、患者様から「起き上がれるようになった」と嬉しそうにされている様子を見ると人の役に立てる仕事が出来、良かったと思います。
私は、作業療法士として働き始めて一年目です。初めは仕事に慣れることで精一杯でしたが、今は毎日患者様と関わることを楽しみながらリハビリを行っています。まだ、患者様が病院を退院してからの生活をイメージ出来ず、どのようにアプロ―チしていけばいいのか悩むことはありますが、先輩方に相談し、指導をしてもらいながら仕事をしています。自分の知識不足を痛感し、日々勉強することが大切だと感じています。楽しいことばかりではありませんが、これからも患者様の今後について共に考え、患者様に信頼される作業療法士を目指していきたと思います。

固定リンク | 2016年09月30日【18】

作業療法士ファイル16 宮崎県立日南病院 厚ヶ瀬 龍介(あつがせ りゅうすけ) さん

私は日南市にある急性期病院に勤務しています。けがや病気を発症されて間もない患者様に対して早期よりリハビリテーションを提供し、早期離床、病状の改善、回復を図っています。しかし、発症間もない患者様は治療や訓練を受けるための耐久性や持久力が低下していることも多く、思うように作業療法を行えないことも珍しくありません。また、精神的にもリハビリに対する意欲がわいてこないケースやリハビリ自体を拒否されるケースもみられます。このほかにも様々な背景によりリハビリを進めることが出来ないケースが生じます。もちろん、発症後まもなく意欲的にリハビリを行える方も多々いらっしゃいます。

作業療法士として2年目に入り、1年目と比較すると客観的な位置から状況を見られるようになったと思います。当然と言えば当然なのかもしれませんが、自分としては成長できた部分であると感じます。一方で、1年目は先を見据えた作業療法の展開が出来ていなかったように思います。急性期の患者様は「手を使いたい、家に帰りたい」という漠然としたニーズが多く、急性期の段階ではこれから先の生活をイメージできないことがほとんどです。そのようなときに「手を使えるようになったら何をしたいのか、家に帰られたら何をしたいのか」とその先にある本当のニーズを引き出し、そこにむけた支援をしていくことが作業療法士の大きな役割だと考えています。しかしながら、急性期病院では治療が終わり、状態が安定してくると、「さぁこれから!」というときに退院や回復期病院等へ転院される方がほとんどです。そのため、転院後や退院後の関わりは正直少なくなってしまいます。そのような中でも早期の段階で関わらせて頂けることはとても貴重であり、やりがいや責任をとても感じています。

作業療法士は、病院や施設、病院であれば急性期、回復期等働く場は様々です。各病期での役割もそれぞれだと思いますし、それぞれのセラピストでアプローチの方法や考え方は違うと思います。私のモットーは「患者様が主役であり、作業療法士は脇役 〜縁の下の力持ち〜」です。人の人生に直接かかわる事の出来る職業であり、責任はとても大きいと思います。だからこそ、患者様の生活や人生を微力ながらも支えられる作業療法士になれるように、日々コツコツと知識や技術を積み重ね、何より自分自身もリハビリを通して、人として成長していけるように頑張りたいと思います。また、それにふさわしい作業療法士になりたいと思います。これからのOT人生、何年経っても作業療法士になって良かったと思えるよう過ごしていきたいです。

固定リンク | 2016年08月30日【17】

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