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作業療法士ファイル

同じ作業療法士でも、作業療法士になろうと思ったきっかけや職業感、興味を持っていることは様々。作業療法士の生の声を感じてください。

最近の記事

作業療法士ファイル18 平田東九州病院 甲斐 美奈子さん

私は、延岡市の平田東九州病院に勤務し、現在は回復期病棟に入院されている方とリハビリテーションを行っています。
中学時代の職場体験学習で作業療法と出会い、何に強く惹かれたかは自分でも分からないのですが、どうしてももっと作業療法の事が知りたくて、大阪の大学に進学しました。大阪か、地元宮崎か、就職先を悩みましたが、作業療法を知るきっかけをくれた宮崎で働きたい、宮崎でも作業療法がもっと身近になればいいなという最初の思いを大切にしたい、と地元で働くことを決めました。
 作業療法士として働き始めて1年目の私は、まだまだ不安なことも分からないことも多いですが、「どんなにささいなことでも質問する」と決めており、先輩セラピストや同期、たくさんの患者様にも支えてもらいながら、日々楽しく仕事をしています。私が考える作業療法の素敵な所は、セラピストからの発信だけでなく、患者様からも発信があるところです。患者様とお話をする時、私はよく「人生の先輩だなぁ」と感心してしまいます。私がリハ専門職として行いやすい動作や方法をお伝えできたとして、患者様からは長年励んだ農業や釣りを教えてもらったり生活の知恵を授けてもらったり、時には人生相談も…そうしてお互いに成長できる、役割ができる、そんな気がしています。それがおもしろくて、やめられないなぁと思います。作業療法士として技術や知識は未熟な私ですが、「まずは患者様の思いをしっかり聴くこと」をモットーにしています。患者様それぞれに生きてきた人生があってこれからの人生にも作業療法士は関わっていくのだな、と思うと、大きなやりがいとともに責任感を感じています。患者様とご家族の思いを受け止め、これからもたくさんの笑顔に出会えるよう、学びを深めていきたいです。

固定リンク | 2016年11月26日【19】

作業療法士ファイル17 梅田真成さん

私は、地元の日南市にある回復期病院に勤務しています。大学卒業後は地元で作業療法士がしたいという思いがあり、地元で働けることに誇りを持っています。
私が作業療法士を目指そうと思ったきっかけは、高校三年生の時です。人のためになる仕事がしたいと思っていましたが、進路が漠然としていて悩んでいました。母親から作業療法士という職業があることを聞き、作業療法士について調べると籐細工やペーパークラフトなど患者様と一緒に物を作る作業活動も行うことを知りました。物を作るのが好きな私にとって合っている職業だと思い、作業療法士養成校に進学することを決意しました。卒業するまでの四年間、「自分は作業療法士としてやっていけるだろうか」「自分に向いているのだろうか」と考えたことがあります。しかし、今は患者様の笑顔を見たり、訓練を行う中で、患者様から「起き上がれるようになった」と嬉しそうにされている様子を見ると人の役に立てる仕事が出来、良かったと思います。
私は、作業療法士として働き始めて一年目です。初めは仕事に慣れることで精一杯でしたが、今は毎日患者様と関わることを楽しみながらリハビリを行っています。まだ、患者様が病院を退院してからの生活をイメージ出来ず、どのようにアプロ―チしていけばいいのか悩むことはありますが、先輩方に相談し、指導をしてもらいながら仕事をしています。自分の知識不足を痛感し、日々勉強することが大切だと感じています。楽しいことばかりではありませんが、これからも患者様の今後について共に考え、患者様に信頼される作業療法士を目指していきたと思います。

固定リンク | 2016年09月30日【18】

作業療法士ファイル16 宮崎県立日南病院 厚ヶ瀬 龍介(あつがせ りゅうすけ) さん

私は日南市にある急性期病院に勤務しています。けがや病気を発症されて間もない患者様に対して早期よりリハビリテーションを提供し、早期離床、病状の改善、回復を図っています。しかし、発症間もない患者様は治療や訓練を受けるための耐久性や持久力が低下していることも多く、思うように作業療法を行えないことも珍しくありません。また、精神的にもリハビリに対する意欲がわいてこないケースやリハビリ自体を拒否されるケースもみられます。このほかにも様々な背景によりリハビリを進めることが出来ないケースが生じます。もちろん、発症後まもなく意欲的にリハビリを行える方も多々いらっしゃいます。

作業療法士として2年目に入り、1年目と比較すると客観的な位置から状況を見られるようになったと思います。当然と言えば当然なのかもしれませんが、自分としては成長できた部分であると感じます。一方で、1年目は先を見据えた作業療法の展開が出来ていなかったように思います。急性期の患者様は「手を使いたい、家に帰りたい」という漠然としたニーズが多く、急性期の段階ではこれから先の生活をイメージできないことがほとんどです。そのようなときに「手を使えるようになったら何をしたいのか、家に帰られたら何をしたいのか」とその先にある本当のニーズを引き出し、そこにむけた支援をしていくことが作業療法士の大きな役割だと考えています。しかしながら、急性期病院では治療が終わり、状態が安定してくると、「さぁこれから!」というときに退院や回復期病院等へ転院される方がほとんどです。そのため、転院後や退院後の関わりは正直少なくなってしまいます。そのような中でも早期の段階で関わらせて頂けることはとても貴重であり、やりがいや責任をとても感じています。

作業療法士は、病院や施設、病院であれば急性期、回復期等働く場は様々です。各病期での役割もそれぞれだと思いますし、それぞれのセラピストでアプローチの方法や考え方は違うと思います。私のモットーは「患者様が主役であり、作業療法士は脇役 〜縁の下の力持ち〜」です。人の人生に直接かかわる事の出来る職業であり、責任はとても大きいと思います。だからこそ、患者様の生活や人生を微力ながらも支えられる作業療法士になれるように、日々コツコツと知識や技術を積み重ね、何より自分自身もリハビリを通して、人として成長していけるように頑張りたいと思います。また、それにふさわしい作業療法士になりたいと思います。これからのOT人生、何年経っても作業療法士になって良かったと思えるよう過ごしていきたいです。

固定リンク | 2016年08月30日【17】

作業療法士ファイル 015 潤和会記念病院 大神善寛さん

「私の武器はおしゃべりテーション!」

私は高校生の頃、将来について考えておらず、進路相談でも「手に職をつけたい」、「人と接する仕事がしたい」など漠然なことしか答えていませんでした。‘作業療法’という仕事を知ったのは、たまたま地元にある大学の学園祭に行ったときでした。学園祭では、オープンキャンパスも開催されており、白衣を着た大学生を見て「かっこいいな」と思ったことを覚えています。

いよいよ大学受験が迫った冬、進路も決まらず先生と相談していた時、‘作業療法士’というフレーズを再び耳にしました。 そこで作業療法士の仕事について調べてみると、「おっ、国家資格か!」「人と接する仕事だ!」と私にイメージにピッタリの仕事だということが分かり、興味を引かれました。そうして私は作業療法士養成校への進学を目指すことになりました。大学では作業療法に関する知識や技術はもちろん、患者様と会話する中で悩みや楽しみを共有し、信頼関係を築くことが重要であることを学びました。

現在、私は宮崎市内にある身体障がい領域の病院に勤務しています。知識・技術はまだまだ未熟ですが、患者様との信頼関係作りは先輩方にも負けない自信があります。その手段は、誰よりも多く患者様とコミュニケーションをとることです。私はそれを「おしゃべりテーション」と勝手に呼んでいます。病院には、体が不自由になり落ち込まれている方や日常生活に不安や悩みを持っている方など様々な方が入院されています。そのような方々の中には、リハビリしなくてはいけないことは理解されていても、なかなか気持ちがついてこないという方も多くいらっしゃいます。人間が行動するきっかけは、気持ちなのかもしれません。私は、まず「おしゃべりテーション」を通じて、患者様がなかなか話せなかった悩みや不安などを聞かせてもらうことにしています。そうすることで良い信頼関係が築けると考えているからです。ふと悩みや不安を話したくなったときに思い出してもらえるような存在になりたいなと思っています。

最近、色々なことを私に話してくれる患者様が増えました。体の不自由さを治すだけではなく、患者様の悩みや不安を軽減することなども作業療法士の仕事だと実感しています。これからもより一層「おしゃべりテーション」に磨きをかけ、患者様を元気にしていきたいです。

固定リンク | 2012年01月03日【16】

作業療法士ファイル 014 後藤孝広さん

「出会った人に笑顔を」

私は、西都市の畑に囲まれたのどかな環境にある介護老人保健施設で働いています。その施設には、入所して生活をされている方が80名、日中自宅から通って来られる方が50名いらっしゃいます。

私は主に入所して生活をされている方へ作業療法を実施しています。少しでも体の動きが良くなるようにするための練習はもちろん、生活環境やご使用になる道具の調整を行ったりもします。例えば、利用する方の体の状態に合わせて車椅子やクッションを選んだり、調整したりします。そうすることで、良い姿勢で座れるようになったり、オシリの痛みが和らいだり、自力で車椅子を動かせるようになったりというような効果を生み出せます。また、お部屋で移動がしやすいように移乗バー(手すりのような役割を果たすもの)や滑り止めマットを設置したり、その方に合った靴を提供することで歩行しやすいように調整したりすることもあります。生活環境やご使用になる道具の調整はとても有効なことと実感していますし、作業療法士の大きな役割だと思っています。

また、最近では入所されている方と調理活動や創作活動にも取り組んでいます。まだ始めたばかりではありますが、活動を通して入所の皆さんの普段とは違う一面や笑顔を見ることができ、私自身「やってみて良かったなぁ」と感じています。私のモットーは「出会った人に笑顔を」です。人を笑顔にするということは、笑顔が生まれる「雰囲気を作る」ということです。その場に笑いが起こると良い雰囲気に変わり、良い雰囲気の中で作業療法を行えば、やる気や利用者の良い面が引き出されます。ですので、環境や道具の調整、調理活動の提供など通して、一人でも多くの方を笑顔にしていきたいと思います。

私は高校三年生の時、担任の先生から作業療法士という職業があることを聞き、作業療法士養成校に進学することを決意しました。卒業するまでの三年間で、「自分は作業療法士としてやっていけるだろうか」「自分に向いているのだろうか」と考えたことがあります。しかし、今では利用者の皆様の笑顔のおかげで作業療法士を続けている自分がいます。笑顔が循環する職業「作業療法士」は、とても魅力的な職業だと日々感じています。

固定リンク | 2012年01月03日【15】

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