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作業療法士ファイル

同じ作業療法士でも、作業療法士になろうと思ったきっかけや職業感、興味を持っていることは様々。作業療法士の生の声を感じてください。

最近の記事

作業療法士ファイル24 谷口病院 吉永賢矢さん

私は日南市にある谷口病院の重度認知症患者デイケアに所属しています。
作業療法士を目指したきっかけは高校時に就職試験に失敗したのが始まりでした。看護師である姉から作業療法士を進められ、その時に初めてその存在を知り入学を決めた時が作業療法士との出会いでした。
入学してからの勉学は想像よりも難易度が高く、元々勉強が苦手だった私は「作業療法士になれるのか。」と何度も問い詰める日々でした。しかしその環境下でひたすらもがく内に作業療法士の魅力に惹かれて自ら勉学に没頭する様にもなり、今ではこの道を進んだ事が正しかったと確信しています。
 今の職場では認知症を患った方々を対象としており、関わり方については今でも模索して自分なりの答えを探しています。入社した当時は普段利用者様同士で話している会話と私との会話では明らかに表情や会話の内容に違いを感じました。初対面という立場や医療従事者という圧迫感を知らない間にかけていたと考えた私は、『傾聴の姿勢で対応することを意識し、対象者の気持ちや訴えを聞きだす事を会話の目的の主とする。』事を心掛ける様にしました。今では当時の自分ではききだすことができなかった話しをきけるようになり、より人間像を深く捉えられるようになったと感じています。
 作業療法士は勿論の事ですが人間性の面において学生生活ではみつけることができなかった様々な短所が次から次へとみつかっていきます。短所がみつかる内は自分にまだ成長の余地があると思いますので今後もより精進し、いずれは胸を張って作業療法士といえる様になりたいです。

固定リンク | 2017年10月06日【25】

作業療法士ファイル23 谷口病院 川添恵輔さん

私が作業療法士を目指したきっかけは、高校生の時に職業探していた際、友人から作業療法士という資格がある事を聞いた事です。その後、インターネットやオープンスクールを通して、障がいを呈されている方に再び元の生活に戻れる様支援して行く作業療法士の仕事に心を惹かれ、作業療法士を目指す意志を決めました。
私は現在、精神科領域である谷口病院で務めさせて頂いています。私は日々患者様と関わらせて頂く中で、患者様の自尊心を傷付けない事、長期入院をさせている方に、退院の意欲を取り戻して頂く事を常日頃から心掛けています。しかし、実際に関わらせて頂く中で、社会復帰を恐れていらっしゃる患者様に再び元の生活に戻りたいという意欲を取り戻して頂く事は非常に困難であると実感しています。自分自身も行き詰った際は、何をきっかけにするかなど、先輩方に相談をしてアドバイスを頂いています。作業療法を介して患者様が自主的に退院希望をされたり、生きる希望を取り戻された際は、作業療法士になった事に遣り甲斐を感じます。
 現在は認知症やその他の精神疾患を呈されている方に学習療法や園芸療法を積極的に取り入れて、認知症予防や趣味の獲得などを目的としてアプローチさせて頂いています。今後はSST及び認知行動療法などを通して、患者様に支援をしていける様になる為、今以上に努力を積み重ね、患者様から求められる様な作業療法士を目指していきます。

出身校:宮崎県立本庄高等学校
    宮崎保健福祉専門学校

固定リンク | 2017年10月06日【24】

作業療法士ファイル22 宮永病院 榎木田彩菜さん

私は都城市にある宮永病院の回復期病棟に勤務しています。
 私が作業療法士を目指したのは、高校生のときに父から作業療法士という仕事があることを紹介されたことがきっかけです。
しかし、実際専門学校に通ってみると、日々勉強の毎日。元々勉強が苦手なこともあり、最初はついていくのに必死で、自分は本当に作業療法士になれるのか、やっていけるのかと不安な日々でした。それでも辞めずに作業療法士になれたのは、支えてくれたクラスメイトや、根気強く叱咤激励してくださった先生方、家族の支えがあったからだと思います。
 就職して早一年がたち、現在感じる事は患者さんといるときは自分の短所も好きになれるということです。私は不器用で、恥ずかしながらリンゴの皮すらまともに剥けません。しかし、訓練拒否があり、最初は目すら合わせてくれなかった患者さんが私に皮むきを教えるために一緒に作業してくれたことがありました。そのとき、短所を活かした介入の仕方もあることを学び、私は作業療法士とは自分の短所も活かせる仕事だと感じる事が出来ました。
 そして、患者さんが以前のように生活できなくなっても、その方の今までの生活の中で得た知恵や知識を活かす手伝いができる仕事だと思います。しかし、そう思っていても数限りない情報をうまく引き出し、どの手段を用いて、どういう場面設定の中で情報を活かすのか、考えることは多く悩みはつきません。
私はまだまだ未熟で、考えつかないことが多いです。しかし、患者さん、家族、他職種・先輩セラピストの方々から情報やアドバイスを頂きながら、患者さんが楽しめること、やりがいの持てることを1つでも多く一緒に探していけるようなセラピストになるため、これからも頑張っていきたいと思います。

固定リンク | 2017年03月22日【23】

作業療法士ファイル21 内村病院 原田晴香さん

私は小林市にある精神科領域に勤務しています。小林市は山々に囲まれた緑豊かな自然の多い町で、地域の方々も優しくフレンドリーで住みやすいところです。

私が作業療法士を目指すきっかけとなったのは、看護師である母からの勧めでした。高校三年の頃、進路に悩んでいた私に『作業療法士』という職業があることを教えてくれました。そこで初めて作業療法士を知ったのですが、最初は手工芸やレクリエーションなどのイメージが強く、“楽しそう”という気持ちで専門学校に入学しました。しかし、講義や実習を重ねていくうちに奥深さや大変さを知り、“楽しそう”という気持ちは“やりがいのある仕事”と変わりました。

就職してもうすぐ1年が経とうとしていますが、この1年を振り返ってみると仕事に慣れることや対象者について知ることに精一杯で、“まだまだだなぁ”と感じているところです。そんな中で自分が対象者と関わる際に心がけていることは、『変化に気づく事』です。自分に対し心を閉ざしていた対象者が少しでも笑顔を見せてくださるようになり、作業療法に参加されることを拒否されていた対象者が活動の様子を見に来てくださるようになっただけでも大きな心の変化だと気付きました。また、良い変化だけでなく精神症状の悪化などの変化にも気付き、対象者の状態に合わせてアプローチすることが大切であると改めて感じています。

精神科作業療法は集団での活動を多く手掛けますが、どの集団の中でも対象者一人一人に何が必要であるのかを考え、多職種との連携を図りながらより良い生活が送れるようなアプローチが出来るよう心がけていきます。

固定リンク | 2017年02月21日【22】

作業療法士ファイル20 宮崎江南病院 柏田泰宏さん

私は、宮崎市にある宮崎江南病院に勤務し、内科病棟を担当させていただいています。私は元々、介護老人保健施設で介護福祉士として7年間勤務していました。私が5年目になる頃に、その時の上司が「俺はもう一度学校にいって勉強して作業療法士になるわ」といい職場を辞め、宮崎リハビリテーション学院に入学しました。私の心の中では、「また、勉強しようと思うなんて…自分には無理…」と他人事のように考えていましたが、話を聞きながら次第に興味を抱き、背中を押されながら2年後その上司の後を追うように私も同じ学校に入学しました。3年間の勉強は楽しいことばかりではなく、精神的にもつらい時期はありましたが、教員の先生方やクラスメイトにも支えられ、現在に至ることができました。介護福祉士時代の上司や家族、周りの人たちが本当に自分をバックアップしてくれて作業療法士になることができました。人のつながりの大切さを大きく感じることができた数年間だったことも事実です。患者様に作業療法を提供する中でも、数ある病院の中から当院に来られ、十数名いるセラピストの中から自分が担当させて頂く。「たまたま」と捉えずに、その患者様1人1人に真剣に向き合える作業療法士になれるよう、職場の先輩方に教わりながら精進していきたいと思います。

固定リンク | 2017年02月01日【21】

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