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作業療法士ファイル

同じ作業療法士でも、作業療法士になろうと思ったきっかけや職業感、興味を持っていることは様々。作業療法士の生の声を感じてください。

最近の記事

作業療法士ファイル22 宮永病院 榎木田彩菜さん

私は都城市にある宮永病院の回復期病棟に勤務しています。
 私が作業療法士を目指したのは、高校生のときに父から作業療法士という仕事があることを紹介されたことがきっかけです。
しかし、実際専門学校に通ってみると、日々勉強の毎日。元々勉強が苦手なこともあり、最初はついていくのに必死で、自分は本当に作業療法士になれるのか、やっていけるのかと不安な日々でした。それでも辞めずに作業療法士になれたのは、支えてくれたクラスメイトや、根気強く叱咤激励してくださった先生方、家族の支えがあったからだと思います。
 就職して早一年がたち、現在感じる事は患者さんといるときは自分の短所も好きになれるということです。私は不器用で、恥ずかしながらリンゴの皮すらまともに剥けません。しかし、訓練拒否があり、最初は目すら合わせてくれなかった患者さんが私に皮むきを教えるために一緒に作業してくれたことがありました。そのとき、短所を活かした介入の仕方もあることを学び、私は作業療法士とは自分の短所も活かせる仕事だと感じる事が出来ました。
 そして、患者さんが以前のように生活できなくなっても、その方の今までの生活の中で得た知恵や知識を活かす手伝いができる仕事だと思います。しかし、そう思っていても数限りない情報をうまく引き出し、どの手段を用いて、どういう場面設定の中で情報を活かすのか、考えることは多く悩みはつきません。
私はまだまだ未熟で、考えつかないことが多いです。しかし、患者さん、家族、他職種・先輩セラピストの方々から情報やアドバイスを頂きながら、患者さんが楽しめること、やりがいの持てることを1つでも多く一緒に探していけるようなセラピストになるため、これからも頑張っていきたいと思います。

固定リンク | 2017年03月22日【23】

作業療法士ファイル21 内村病院 原田晴香さん

私は小林市にある精神科領域に勤務しています。小林市は山々に囲まれた緑豊かな自然の多い町で、地域の方々も優しくフレンドリーで住みやすいところです。

私が作業療法士を目指すきっかけとなったのは、看護師である母からの勧めでした。高校三年の頃、進路に悩んでいた私に『作業療法士』という職業があることを教えてくれました。そこで初めて作業療法士を知ったのですが、最初は手工芸やレクリエーションなどのイメージが強く、“楽しそう”という気持ちで専門学校に入学しました。しかし、講義や実習を重ねていくうちに奥深さや大変さを知り、“楽しそう”という気持ちは“やりがいのある仕事”と変わりました。

就職してもうすぐ1年が経とうとしていますが、この1年を振り返ってみると仕事に慣れることや対象者について知ることに精一杯で、“まだまだだなぁ”と感じているところです。そんな中で自分が対象者と関わる際に心がけていることは、『変化に気づく事』です。自分に対し心を閉ざしていた対象者が少しでも笑顔を見せてくださるようになり、作業療法に参加されることを拒否されていた対象者が活動の様子を見に来てくださるようになっただけでも大きな心の変化だと気付きました。また、良い変化だけでなく精神症状の悪化などの変化にも気付き、対象者の状態に合わせてアプローチすることが大切であると改めて感じています。

精神科作業療法は集団での活動を多く手掛けますが、どの集団の中でも対象者一人一人に何が必要であるのかを考え、多職種との連携を図りながらより良い生活が送れるようなアプローチが出来るよう心がけていきます。

固定リンク | 2017年02月21日【22】

作業療法士ファイル20 宮崎江南病院 柏田泰宏さん

私は、宮崎市にある宮崎江南病院に勤務し、内科病棟を担当させていただいています。私は元々、介護老人保健施設で介護福祉士として7年間勤務していました。私が5年目になる頃に、その時の上司が「俺はもう一度学校にいって勉強して作業療法士になるわ」といい職場を辞め、宮崎リハビリテーション学院に入学しました。私の心の中では、「また、勉強しようと思うなんて…自分には無理…」と他人事のように考えていましたが、話を聞きながら次第に興味を抱き、背中を押されながら2年後その上司の後を追うように私も同じ学校に入学しました。3年間の勉強は楽しいことばかりではなく、精神的にもつらい時期はありましたが、教員の先生方やクラスメイトにも支えられ、現在に至ることができました。介護福祉士時代の上司や家族、周りの人たちが本当に自分をバックアップしてくれて作業療法士になることができました。人のつながりの大切さを大きく感じることができた数年間だったことも事実です。患者様に作業療法を提供する中でも、数ある病院の中から当院に来られ、十数名いるセラピストの中から自分が担当させて頂く。「たまたま」と捉えずに、その患者様1人1人に真剣に向き合える作業療法士になれるよう、職場の先輩方に教わりながら精進していきたいと思います。

固定リンク | 2017年02月01日【21】

作業療法士ファイル19 鶴田病院 森 絵莉奈さん

「私は現在、西都市にある鶴田病院の回復期リハビリテーション病棟に勤務しています。医療や福祉の仕事に関心がなかった私が作業療法士を目指すきっかけとなったのは、家族からの薦めでした。元々「誰かの役にたつ仕事をしたい」という思いがあったのですが、漠然とした考えから進路で悩んでいたところ家族からリハビリの仕事があることを聞き、興味を抱きました。働き始め一年目です。学校生活の中では教科書や教員から基礎知識を学び、時には経験談を聞き、同じような毎日の繰り返しで楽しさを見つけられませんでした。今では、患者様や御家族、尊敬する先輩セラピストとの関わりの中で作業療法士の魅力を感じ、楽しさややりがいを見つけました。その人の生活の中で何が必要で何を求められて
いるのか患者様の声に耳を傾け、「生きがい」や「その人らしさ」を大切にし、患者様と向き合っていきたいと思います。経験も技術も未熟で上手くいかないことが多く頭を抱える毎日ですが、患者様からの「ありがとう」の一言や笑顔に触れることを力とし、私らしい作業療法を伝えていければ良いなと思っています。」

固定リンク | 2016年12月26日【20】

作業療法士ファイル18 平田東九州病院 甲斐 美奈子さん

私は、延岡市の平田東九州病院に勤務し、現在は回復期病棟に入院されている方とリハビリテーションを行っています。
中学時代の職場体験学習で作業療法と出会い、何に強く惹かれたかは自分でも分からないのですが、どうしてももっと作業療法の事が知りたくて、大阪の大学に進学しました。大阪か、地元宮崎か、就職先を悩みましたが、作業療法を知るきっかけをくれた宮崎で働きたい、宮崎でも作業療法がもっと身近になればいいなという最初の思いを大切にしたい、と地元で働くことを決めました。
 作業療法士として働き始めて1年目の私は、まだまだ不安なことも分からないことも多いですが、「どんなにささいなことでも質問する」と決めており、先輩セラピストや同期、たくさんの患者様にも支えてもらいながら、日々楽しく仕事をしています。私が考える作業療法の素敵な所は、セラピストからの発信だけでなく、患者様からも発信があるところです。患者様とお話をする時、私はよく「人生の先輩だなぁ」と感心してしまいます。私がリハ専門職として行いやすい動作や方法をお伝えできたとして、患者様からは長年励んだ農業や釣りを教えてもらったり生活の知恵を授けてもらったり、時には人生相談も…そうしてお互いに成長できる、役割ができる、そんな気がしています。それがおもしろくて、やめられないなぁと思います。作業療法士として技術や知識は未熟な私ですが、「まずは患者様の思いをしっかり聴くこと」をモットーにしています。患者様それぞれに生きてきた人生があってこれからの人生にも作業療法士は関わっていくのだな、と思うと、大きなやりがいとともに責任感を感じています。患者様とご家族の思いを受け止め、これからもたくさんの笑顔に出会えるよう、学びを深めていきたいです。

固定リンク | 2016年11月26日【19】

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