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作業療法士ファイル

同じ作業療法士でも、作業療法士になろうと思ったきっかけや職業感、興味を持っていることは様々。作業療法士の生の声を感じてください。

最近の記事

作業療法士ファイル32 鶴田病院 山本義明さん(沖縄リハビリテーション福祉学院卒)

私が作業療法士(以下OT)になろうと思ったきっかけは2つあります。まず1つ目は、親族に精神疾患を患っていた者がおり、幼い頃から「なぜだろう?」と思うことが多々ありました。その時から少しずつ、周りから困惑されるような生き辛さを抱えている方の支援をしたいと思うようになりました。
2つ目のきっかけは、以前自衛官として2011年の東北大震災で災害派遣に従事していた頃でした。当時、被災地は津波被害が甚大であり多くの方が体育館などで避難している状況の中、医療従事者の方々が避難先を回り「被災者のために専門的な技術や知識で支援している姿」に感銘を受け、被災地から戻り医療職に興味を持ち始めOTという職業を知りました。
 現在OTとして働く中で、上手くいかないことや辛いと感じることもありますが、その度に2つのきっかけが私の背中を後押ししてくれます。今後少しでも患者様が積み上げてこられた背景や人物像に寄り添いながら支援が出来るOTになりたいと思っています。

固定リンク | 2018年11月15日【33】

作業療法士ファイル31 県立延岡病院 伊藤友美さん(大分県立鶴崎高校卒)

私は延岡市にある急性期病院に今年より勤務しています。大学時代、保育士の実習で発達障害の子供と出会い、障害を持った子供たちとマンツーマンで関われる事を知り作業療法士を目指しました。
 現在、成人の方を対象とした主に整形外科・脳神経外科疾患の患者様に関わらせて頂き作業療法を提供し、急性期病院という事もあり受傷・発症直後のリスク管理の重要性を日々感じています。また、作業療法士として半年が過ぎようとしていますが急性期病院は実習での経験もなく、ICU・HCUからの介入や患者様の急変など初めて経験する事ばかりで、自分の対応力の低さや無力感を感じる場面が多くあり、諸先輩方から助言を頂きながら日々の業務を遂行している所です。
急性期病院では、根本的な治療が終わり状態が安定してリハビリ中心の治療になると、回復期病院等へ転院される方が殆どです。そのような中でも早期に関わらせて頂ける事は大変重要であり、やりがいや責任をとても感じています。今は作業療法士としての知識も浅く、経験も少ない為、多くの事に興味を向け勉強会や研修会に参加しながら質の高い作業療法の提供が出来る様に精進していきたいと思っています。
最後に、関わった患者様の笑顔を多く引き出せるように自分自身も人として成長し、患者様の人生に微力ながらも支えられる作業療法士になりたいと思います。

固定リンク | 2018年10月04日【32】

作業療法士ファイル30 県南病院 前山雅輝さん(宮崎第一高校卒)

高校時代、将来特にやりたいこともなく周りがどんどん進路を決めて行く中、不安と焦りを常に抱えていました。そんなある日、偶然目にしたテレビ番組の特集が私に衝撃を与えました。その番組は作業療法士という私にとって未知の世界を教えてくれました。
それまでリハビリという仕事は怪我や病気をした患者様を治す仕事だと思っていました。しかし実際は治すだけではなく、環境設定などで患者様自身の能力や長所を伸ばし、できる限り自分で生活する支援をしていく仕事だと知りました。そこから更に専門学校で勉強を進めていく中で、作業療法士という仕事の魅力や、やりがいをより一層感じるようになりました。
作業療法士になった今、患者様と関わらせて頂く中で自分の伝えたいことがうまく伝わらないという壁にぶつかっています。より良いアプローチ法が他にあるのではないかと考えて行く中で今、認知の歪みへのアプローチについて興味を持っています。自分の中で何か掴めるのではないかと期待し勉強しています。
これからも臨床での経験を積みながら知識、技術を磨き、患者様に寄り添いより良いアプローチを提供していける作業療法士になれるよう努力していきます。

固定リンク | 2018年09月30日【31】

作業療法士ファイル29 藤元総合病院 赤 紅音さん(都城泉ヶ丘高等学校卒業)

私は都城市にある藤元総合病院で急性期・回復期の、おもに脳血管疾患の患者様を担当させていただいています。
私は高校生まで、祖父母と一緒に暮らしていました。そのため地域の高齢の方々とのかかわりが多く、いつからか地域で暮らす高齢の方々や障害を持った方々を支えることのできる仕事に就きたいと思うようになりました。高校2年生のとき、進路を決めるためいろいろな職業を見ていく中で初めて「作業療法士」という職業を知り、地域の医療・福祉など幅広い分野で活躍している作業療法士にとても興味を持ちました。養成校に入学してからの学校生活は、うまくいかず辛いこともたくさんありました。そしてそのたびに周りの方々に支えられました。学校での勉強や先生方にご指導いただいたことが今とても活かされています。作業療法士への道を諦めかけたこともありましたが、諦めなくて本当によかったと思っています。
作業療法士として働き始めてもうすぐ1年が経過しようとしていますが、日々作業療法の難しさ・自分の未熟さを感じ、辛いこともたくさんあります。しかし、作業療法士としてだけでなく、社会人としてもまだまだ未熟な私を優しく丁寧に指導してくださる先輩方、悩んでいるときに一緒に考えてくれる同期、患者様の言葉、家族の支えがあって日々仕事をすることができています。この仕事を始めて、改めて自分が周囲にどれだけ支えられているかに気付くことができました。
また、作業療法士として働くためには専門的な知識を身に付けるだけでなく、変化していく社会・制度に対応していくことが必要であると思います。勉強会や研修など、機会があれば積極的に参加していきたいです。今は知識も浅く様々な分野に興味を持っていますが、この職業を目指すきっかけになった地域リハに関してはとくに知識を深めていきたいと思っています。そして自信をもって「作業療法士です」と言えるよう、初心を忘れず精進していきたいと思います。

固定リンク | 2018年02月28日【30】

作業療法士ファイル28 介護老人保健施設 みずほ 笠掛慎二さん(宮崎県立小林秀峰高等学校卒)

私は、小林市の医療法人養気会・介護老人保健施設みずほに勤務しています。
 私が作業療法士を目指したのは、祖母が脳梗塞で倒れ施設に入所し、元気が無くなっていく祖母に何かできないかなと思ったときに高校の授業で作業療法士という言葉を知りました。
祖母は、裁縫や編み物が好きだった為、好きだったことをリハビリで活かすことが出来れば元気な祖母に戻るのではないかと思い作業療法士を目指すことを決めました。しかし、祖母が高校三年の冬に他界し、目標が無いまま専門学校に入学する形になりました。
 専門学校では、勉強の毎日でした。実習でも、中々上手く行かず「辞めたい」と思うことが沢山ありましたが、担当患者様や利用者様の「ありがとう」や「頑張ってね」という言葉に元気をいただきました。専門学校入学時は目標が無かった私ですが、実習を通して「祖母に出来なかった分、他にリハビリを必要としている方に提供し、元気になってほしい」という目標を持つことが出来ました。その後は何とか勉強や実習を乗り越え作業療法士になることが出来ました。
 四月に就職してからは、学生の時とは違う責任感を感じたり、分からない事が多く悩みや戸惑いの毎日でした。しかし、報・連・相を行うことで職場の皆さんから優しく教えていただく事ができました。また、担当利用者様やご家族様から「ありがとう」や「ここに来てから良くなっています」などの感謝の言葉をいただく度に元気とやる気をいただき、今では毎日楽しく仕事をすることが出来ています。
 現代社会では高齢者の数が増え、介護を必要としている方が沢山いる状態です。私たちの仕事はリハビリを必要としている方への支援だけではないと思っています。元気な方が元気なままで過ごせるように予防をすることも私たちの仕事だと私は感じています。現在は職場内でのリハビリしか提供できていませんが、今後は地域に幅を広げていけるように頑張っていきたいと思います。そして、職場・地域の皆様から信頼されるような作業療法士になりたいと思います。

固定リンク | 2018年01月21日【29】

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